しばしこのMLの場をお借りして、被災地支援の情報を流させていただければと思います。
不快に思われる方がいらっしゃったら申し訳ありません。
20日に、山形県天童市に飛び、全国のからの支援物資の仕分けと整理作業に参加しました。
多くの方がおっしゃっているように、支援物資を送る際にはいろいろなものを詰め込まず、一種類のものを同じ箱に入れ、内容物を箱に明記して送っていただくと仕分けがずいぶん楽になります。
また賞味期限切れの食材や、ずいぶん汚れた衣類・寝具なども時折混ざっており、そうしたものはボランティアが随時発見し、廃棄処分にしています。
昨日からは、宮城県登米市に移動し、ここから各避難所に物資を届けるボランティアをしています。
カバーエリアは気仙沼・南三陸町・女川町です。
行政の手が行き届かない小さな自主避難所を主な支援対象にしています。
いま僕が所属しているのは日本エコツーリズムセンターですが、これに加え全国の環境教育・自然学校・アウトドア教育の関係者で災害救援ネットワーク(RQ市民災害救援センター)をつくり、混成部隊で現場で活動しています。行政から独立した自主部隊です。アウトドア系の人たちはこういうとき非常に強いです。テントを寝袋を持ち込み、あまり被災を受けなかったやや内陸の農村部の廃校をお借りし、基地にしています。
体育館に寝泊りしていますが、さすがに朝方はかなり冷え込みます。
http://www.ecotourism-center.jp/article.php/reliefe_01
行政機能そのものが麻痺しているこうした非常時には、阪神大震災のときもそうでしたが、自主的に自らを組織し、自己責任で機動的に動けるこうしたボランティア組織が非常に有効です。
三陸を中心とする沿岸部の被害はすざまじいものがあり、300キロメートルにわたって沿岸集落が消滅しています。
地域の復興はおろか、地域そのものが消滅してしまっているところがかなりあります。
いっぽう、同じ岩手・宮城・福島でも、内陸に入ると津波被害がなく、また地震自体による損壊被害も大きくなかったことにより、通常の市民生活が継続されている面もあります。
しかし、ガソリン不足はどこも深刻で、山形でも宮城でも、ガソリンを入れるために車が100台単位で列をなし、4〜5時間待って給油するという状態がどこでもあると聞いています。おそらく東北全体がそうではないでしょうか。
こんなとき農家は強い、という声をよく耳にします。米・野菜を作っている家は、とりあえず飢える心配もなく過ごしています。
ただ灯油が買えないことにより寒い思いをする年寄りが多くおり、健康を危ぶむ声もあります。
今回、津波被害を受けた地域の多くが古くからの漁村集落だったこともあり、伝統的なコミュニティーがまだ生きており、被災地が都市部だった阪神大震災のときと比べても、住民どうしの助け合いはかなり強固で、それが弱者を守ることにつながっています。日本の美しさを見る思いです。
また東北のみなさんは我慢強く、また謙虚で、支援物資を持っていっても、もっと大変なところに持っていってください、と言われることもしばしばです。
これから家を失った被災者のみなさんは仮設住宅に移っていくことになりますが、その際に世帯ごとにばらばらで入るのではなく、なるべくこの集落ごとのつながりそのままで集団移転できることが望ましいと思います。
阪神大震災のときは、神戸市内各区からばらばらに家を失った被災者が各仮設住宅に移ったために、コミュニティがすぐに形成されず、その間に多くの孤独死が発生してしまったという苦い教訓があります。
これからこうした自己責任・自己組織で自主的な活動ができるボランティア・NPO団体が活動できる余地がかなりあります。
まさに「新たな公共」ですね!
ではまたレポートします