松村つとむ: 2006年7月アーカイブ

昨日、東京にて、靖国神社に参拝した。
改めて、展示を回ると、
欧米諸国が、アジアに侵攻し、多くの地を植民地化する中、
我が国が、アジアの国々の自立と自由を勝ち取る為に、
戦った戦争であることが、改めて書かれてあった。
肌の色によって、人間が差別されることはおかしい。
そんな思いで、当時、多くの若い兵士が闘い、亡くなっていった。
この国の公を、そして、アジアの公の為に、命をかけて闘った人々。
戦後、60年、今や我が国は、役所の人々でさえ、
公の為に、命をかけることは、程遠く、
多くが、自分と自分を守る組織の為に働いている。
「がまんをして、作業さえこなしていれば、生活は保証してやる」
まさしく、敗戦国の姿である。
名ばかりの民主国家であり、実は自分の意見は言わない方がいいという風潮。
靖国神社には、亡くなられた多くの兵士の写真が掲げられている。
どの目も、光り輝く素晴らしい目である。
彼らが、私たちに何かを語りかけている気がする。

私は、決して、右翼思想でなく、
これからの時代、国境を超えて、堂々と、欧米諸国とも、
そして、アジアの国々の人々とも、意見を交換しあい、
また、共に、友好を深めていくべきだと思うが、
この国の為に、そして、大義の為に、戦った日本人の公への心の美学は、
私たち、後輩は決して、忘れてはならないものだと思う。

「死」

この2月間で、二回の葬式があった。
いずれも、40代の男性である。
人の死とは、本当にはかないもので、
また、突如やってくる。
先日、葬式に行かせて頂いた方は、
前日の夜まで、会社で普通に会議をしておられ、
翌日、交通機関の中で倒れられたそうである。
脳内出血。
まさか、直前まで自分が突然死ぬとは思っていなかったであろうし、
家族を始め、回りの方々も死を想像もしていなかったと思う。
心からお悔やみ申し上げます。

以前、私は尊敬するある経営者から印象に残る言葉を聞いた。
「迷ったら必ずやる」〜私もこの言葉を受けて、
「無理してでも、できるときはやる」と言う言葉を
自分に言い聞かすようになった。
〜無理をしたくてもできない時にはできない。
また、死んでしまったら、絶対にできない。
無理をしてでも、「できる」
それは、人生とって本当に幸運な一瞬なのであろう。
この世に幸運にも生を受けた者として、
いつ死んでも悔いのないよう、これこらも人生を大切にしたいと思う。
亡くなられた人の分も、良い社会を創るために、がんばらねばならない。

先日、ワシントンの年下の友人からメールをもらった。
東大をでて、総務省の官僚となり、現在、ワシントンの大学院に留学している。
中々、豪傑で、マナーもよく、志をもった将来が期待される青年だ。
前にも、述べたが、地方の中途半端な役人ほど、態度が横柄で、
自己錯覚し、また、自信の被害妄想に落ちいる傾向が強いと思う。
彼は、中央官僚でありながら、中々、素晴らしい人物だ。
彼のメールにも、人格教育はやはり親が大切だと書いていた。
改めて、社会の親達の責任を考え直さなおさなければならない。
いい塾に行かせて、いい学歴を取らせることだけが、親の責任でないことを。

また、この夏、東京に行く度に、交流を重ねていた財務省の室長がパリ勤務になった。
この人物も、大変、社交的できさくな人物である。
律儀にも、早速パリからメールが来た。きめ細かい心遣いに感心する。

また、先週は、別の財務省課長のシンガポール転勤送別会に出席したが、
この課長は、夕張市の事例を取り上げながら、
心から、地方自治体の腐敗を嘆いていた。
これらから、同じような事例が増えるていくと。。。

そして、また、早速、この方からも私への激励のメールを頂いた。
いい学歴、経歴を得ながらも、こうしたやさしさがある人たちに
接すると、心がすがすがしい思いになる。

先日のセミナーでいい大学を卒業しても、
人格は決して磨かれないという話があった。
私は、社会でて、20年余りの歳月を得て、
人間は学力より、人格、マナー、道徳感がとても大切だと思う。
バランス感覚をもった紳士に会うと、本当に気持ちがいい。
そして、自分もああなりたいと思う。
一方で、高学歴な人に出会っても、
社会人としての常識にかけている人に良く出会う。
いくら頭がよくても、可哀相な人と思ってしまう。
いったい今の社会では、誰が人格教育をしてくれるのであろうか。
結局は、親の教育なんだろうか?
やさしさや、マナー、道徳観、前向きさがない人間に何ができるのだろうか?
かばってあげるならば、本人は悪気がないのかもしれない。
先日、ある学生達とある若い大学教授を訪ねた。
裸足になって、机に両足を乗せて、こちらに足裏を向けて、
鼻くそをほじりながら私たちに話をしてくる。
自分はそんなに偉いと錯覚しているのだろうか。
それとも、自信がないから、虚勢をはっているのだろうか?
学生達は、あの先生、企業勤務経験もあるのに。。と、
不思議がってあきれていた。
役所にも、こうしたマナーに欠如した人を多く見かける。
この国の将来が本当に不安になる。
先日、米国の保守派市民運動の先駆者であり、
ワシントンの有力ロビンストであるモートン・ブラックウェル氏のセミナーを受講した。
一番、印象に残った言葉は、The contining Challenges
チャレンジを続ける人生。優等生でなく、過去、あらゆる面で失敗を繰り返しながら、
成功も得てきた私にとっては、印象に残る言葉であった。
それにしても、米国の保守系市民運動は強烈だ。
徹底した情熱をもって自由主義を獲得してきている。
私たち、日本人も、役所や官僚を批判するだけでなく、
自分達ももっともっとパワフルに行動しなければならない気がした。
レーガン大統領の特別顧問としてホワイトハウスにも勤務した経験をもつ
モートン氏の言葉に、政府に問題の解決を求めてはいけない。
なぜなら、問題のもとが政府だからだ。という言葉があった。
真の自由主義を求めるためには、もっともっと能動的に行動しなければならない。
また、大きな政府を求める革新思想では、税金が増える。
税が増えれば、ますます、役所の力が強くなり、自由がなくなる。
世界が変わって、国が変わっているのだから、
私たちも今、変わらなければならない。
私も、この神戸から、保守系の民間人の市長を作る為に活動を強めていきたく考えている。
小さな政府、自由な生活、安全で安心な毎日、そして、日本人の文化である道徳観を守っていきたい。
決していい大学を卒業したからと言って、いい人格者にはなれない。
人格はさまざまな経験から築かれてくるものである。
心新たに神戸から日本を変える草の根運動を広げて行きたい。